人工知能(AI)の導入でどう変わる? 保険の支払い査定やコールセンター対応

最近、金融機関が相次いで人工知能(AI:Artificial Intelligence)の導入を発表しています。従来よりシェア争いが激しい保険業界では、保険料や付帯サービス、そして「FinTec」の競争が浮上してきています。

FinTecとは、Finance(ファイナンス)Technology(テクノロジー)が組み合わせられた造語で、最近のマイナス金利などで向かい風の金融機関にとって、新しいサービスで変革できる大きな鍵となっています。

人工知能「ワトソン」を本格導入 保険大手のMS&AD コールセンターで音声分析

《要約》金融機関で人工知能「ワトソン」の導入が各社で進んでいる。保険金の支払いに関する査定をより正確かつ迅速にすることを目的として、既にかんぽ生命が導入を発表し、日本生命や東京海上も導入を検討している。また、コールセンター業務についても、銀行が積極的で、みずほ銀行が本格活用、三井住友銀行が試験導入、三菱UFJ銀行も検討中とのこと。

人工知能「ワトソン」には学習や推論を行う能力があり、過去のやりとりも蓄積して最適な回答に迅速にたどりつけるのが魅力という。金融機関には、さまざまな事務手続き、規則やマニュアルなどがあるので、顧客対応のみでなく、営業現場や海外拠点と本部間の社内対応にも効果的と、更なる期待が高まっている。

以下、FinTecの一つとして、人工知能(AI)の導入傾向と影響について整理してみました。

目次

窓口業務やコールセンターを人工知能(AI)に任せられるか?

人工知能(AI)は以前から研究開発が進められてきましたが、「ワトソン」が2011年に米国のクイズ番組で優勝したり、昨年の2016年に「AlphaGo(アルファ碁)」が世界最強棋士の一人に圧勝したりと、その技術進歩の早さには驚嘆の声も聞かれます。「ワトソン」は、その後、更に性能を高め、数秒で医師に診療判断を提案できるほどになっているそうです。

こうした人工知能(AI)を金融業務に取り入れるというのは、自然の流れのようには思いますが、これで顧客第一主義と謳っている多くの金融機関のサービスはどのように変わっていくのでしょうか?

例えば、窓口業務やコールセンターは、比較的、顧客から目に見える業務です。既にAIを導入している米国では、顧客から「人に言いにくいプライベートなお金の相談がしやすい」という評価がある一方で、「機械ではなくやっぱり人間と話したい」という声もあるなど、賛否両論だそうです。

私の身近にいる新社会人に聞いてみると、「AIのほうが気楽に話せると思う」という答えが返ってきました。しかし続けて、「だからといって全部がAI対応になったほうがいいとは思わない。人が接客をしてくれる店舗や窓口に行きたくなることもあるし、それを好む人も多いと思う」と付け加えていました。

おそらく顧客によっては「AIではこういう回答だったが、本当なのか?」といった問い合わせをする人が増えて、結局、二度手間になることもある気がします。単純に、早いから、正確だから導入するということではなく、顧客に対して、何のために、どのように接していくのが本来の在り方なのかという姿勢を明確にする必要があるでしょう。そうでなければ、顧客を混乱させてしまうリスクすらあります。各社が、その方針や根本的な考え方を明確にしてはじめて、窓口やコールセンターにおいて、人とAI対応の役割分担や機能分担が活かされていくのだと思います。

複雑な保険金の支払い査定まで人口知能(AI)に任せていいのか?

保険に入っている人にとって、一番有難みを感じるのは、保険金や給付金をもらった時ではないでしょうか。だからこそ、保険金や給付金の受け取りがトラブルや勘違いなどでスムーズに進まなかった場合、顧客のストレスは非常に多くなるものです。その重要な業務で人工知能(AI)を導入するのは、ある意味、勝負をかけるくらい大きな決断だと感じました。

というのも、保険の支払い査定は本当に複雑で、約款や規程など保険会社のルールに留まらず、医師の診断など医療面の慣習、顧客の事情、過去の判例などまで遡って判断することが多いからです。以前、私自身も保険金の支払い査定に関する第三者機関のメンバーだったことがあり、十人十色の背景や事情などに、白黒つけがたい事例を数多く見てきました。そこでは、支払に関して顧客からのクレームが出るたびに、メンバーの弁護士や医師、消費生活アドバイザーとともにFPとして情報を整理し、議論して結論を出しつつ、保険会社へ差し戻すということをしていました。

契約者にとっては意外かもしれませんが、一般的な保険会社内の査定の手続きとしてあげるだけでも、以下のような内容をチェックし、給付の対象になるかならないかを決めています。

<支払い査定時の一般的なチェック項目>

  • 医師の診断書など請求時に提出された書類内容の明確化
  • 約款に明記されている保障範囲や支払基準との照合
  • 保険会社内の規程や細かい規則との照合
  • 保険料の納付状態などから契約そのものの有効性
  • 告知書の告知内容の再確認と告知義務違反などのモラル面のチェック
  • 名義や代理請求人のチェック、その他法的問題など

確かにこれだけ複数のチェック項目や情報量があるのなら余計に人工知能(AI)の出番だという声もあるでしょう。しかし、実際に、保険金や給付金の査定結果についての顧客からのクレームとして多いものには、以下のような傾向があり、これらまで対処するには、一筋縄ではいかないのではないかと思います。

以下、比較的件数も多く、解決まで非常に大変だった印象のあるものを例として参考までに挙げてみました。

・「他社では給付金が出たのに、なぜこちらの会社では出ないのか?」という他社との比較

⇒これはもともと異なる会社の契約なので、支払基準が違うということは大前提としてあるのでしょうが、自社の給付に漏れや見落としが本当にないのか、回答として顧客に納得のいくように説明できるのかが、よく問題になりました。というのも、同じ病状や症状などで、A社から給付が出たのにB社から出ないというのは、B社に対する不信感に繋がりがちだからです。今後の契約の継続率にも影響が出てしまうので、しっかりと対処したい部分といえます。

実際、顧客に納得のいくように説明するための情報収集として問題になったのは、単なる現在の約款や規程の情報収集や比較ではすまないという点です。他社で契約したものが、いつの契約でどのような約款の概要かという情報は、かなり年数を遡る場合があり、中には保険会社の破たんによって引き継がれた契約もあり、これらの情報収集にかなり限界がある中、顧客への説明も非常に苦慮していたようです。

・「医師の医学的見地による診断」の内容と「手術給付金」の範囲についての解釈の違い

⇒同じ病気でも医師によって診断書の書き方が違い、手続きが煩雑というのは以前から課題になっていました。最近は診断書のフォーマットの工夫などで改善されつつあるようですが、医師の診断書の内容によっては、査定上も非常に時間を割くことが多いようです。入院日数で決まる「入院給付金」については、解釈による違いは出ないのですが、「手術給付金」は、手術の種類によって給付倍率など内容が変わるので、解釈を巡っての顧客の問い合わせも非常に多いのです。

中には、「○○を直接の原因として」という条件に関して、原因が「直接」と言えるかどうかも議論の焦点になることがあり、「この病気の治療に隣接する臓器までメスを入れないとできないか?」など医療の水準にまで踏み込んだ情報収集が必要なこともあります。医療技術は日々進歩しているので、これらも含めて判断し、最終的に顧客にきちんと誠意ある説明をするというところまで、対応が求められていると思います。

その他、支払い査定に対して、「告知時の告知義務違反に該当するかどうか」「診査医に対する告知内容の責任問題」「契約時期とその後の保険会社内の規程の改定による影響」「高度障害や介護状態に対する基準と解釈」など様々な課題がありました。過去の契約情報まで幅広く網羅しつつも、データベース化できるもののみではなく、心情的な要素のものまで取り扱いながら査定されてきたのが、今までの実態ではないかと私は思っています。

人工知能(AI)はツールの一つに過ぎない

人工知能(AI)は、データ分析や論理的提案から、画像認識や音声認識、また、対話応答といった特定の知的作業領域まで進歩してきていると聞きます。米国では、金融機関にとって、詐欺の防止のために音声認証や顔認証を活用しており、人工知能(AI)を使ったトレーディングなども行われているとのことです。その一方で、中には顧客の承諾なしに声紋(voiceprint)が収集されたり、顔認証もプライバシーに関わる問題と危惧されている面もあるようです。

コールセンターや窓口業務などの顧客対応面については、それぞれの金融機関としての在り方や姿勢を示すとともに、そうしたプライバシーに関する取決めを徹底し、顧客が信頼かつ安心して集まるよう、ナビゲートされることが大事になってくるでしょう。

また、保険金の支払い査定については、膨大な情報量を処理する意味での人工知能(AI)による判定は貴重ですが、更なる特殊要素などを加味する専門性ある担当者との二段階対応が避けられないのではないかと思います。査定については外からはなかなか見えにくい部分なので、やはり会社の姿勢や信条をしっかりとWeb上でも開示して欲しいところです。特に支払基準について、約款の表記のみでなく、体の部位による図解や、検索機能など充実する余地はまだまだあるでしょう。

私たち顧客からみて、人工知能(AI)が前面に出されてもそれはあくまでツールの一つにすぎません。本来の保険会社の姿勢や信条がぶれずに、契約プロセスからメンテナンスでの顧客対応、そして保険金などの支払いまで、一貫性をもって運営されて信頼できる状態が見えることが、長くつきあっていく保険会社選びに重要になってきていると思います。人工知能(AI)の導入は、ある意味、そうした保険会社の在り方や姿勢・信条を明確に汲み取って浸透していく中で、はじめて活かされる部分なのではないかと思います。

参考

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この記事を書いた人

一般社団法人円流塾代表理事、STコンサルティング有限会社代表取締役。一橋大学卒業後、保険会社の企画部・主計部を経て1994年独立。CFP®、1 級ファイナンシャルプランニング技能士。約20年間、金融商品は扱わず、約3300件の家計を拝見してきた経験から、お客様の行動の癖や価値観に合わせた「美しいお金との付き合い方」を提供中。TV出演、著書多数。

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