近頃、いわゆるブラック企業に関する記事をよく見かけます。ブラック企業のブラックなところはいろいろありますが、代表的なものは、時間外労働に対して残業代が全く支払われないというものです。
この「本来ならもらえたはずの残業代」は、その会社を辞めた後でも請求して払ってもらえる可能性があることは知っていますか?
未払い残業代請求は、弁護士などの専門家の助けを借りることももちろんできますが、自分一人でもできないことはありません。今回は、未払い残業代請求の基本的な方法をまとめてみました。
概要
未払い残業代請求、8つのステップ
未払い残業代請求は以下の8つの手順で行います。うまくいけば、8つすべてを行わなくても支払われることもあります。
順に、説明しますね。
STEP1 未払い残業代を計算してみる
まず実際にどのくらい残業代が支払われていないままとなっているのか計算してみましょう。いったいいくらぐらい未払い残業代があるのか、自分が正確に把握できていないものを、相手に請求していくことは困難ですね。就業規則を確認し、労働基準法と照らし合わせながら、きちんと計算して把握しておくことが大切です。
まずはおおまかな額を計算したいという場合は、以下の式で計算してみてください。
※完全週休2日制に9日間の所定休日があったとして、年間所定休日を113日、1カ月あたりの平均所定労働日数を21日として計算しています。祝日や年末年始休業等により、これを下回るケースも多いかと思われますが、およその目安にはなるでしょう。
計算式は、時給に1.25を掛けているのがわかると思いますが、これは残業では通常の時給に25%の割増賃金がつくからです。
なお、未払い残業代の請求が可能なのは過去2年間まで。時間数は、過去2年以内の残業時間数を入れて計算してください。
正確な値は、より詳しい計算が必要ですが、この式で目安はつかむことができます。
STEP2 会社に申し出てみる
まず、会社に「未払い残業代があるんだけど、払ってよ」って言ってみます。
そんなんで払ってもらえるなら苦労はなく、まあ、払われないと思いますが、とりあえず「申し出たのに支払われなかった」という履歴を残す意味でも、最初の一歩はここからです。
会社側があとでとぼけたりしないよう、申し出た事実は記録に残します。社長等、雇用者宛に内容証明郵便を送るのが効果的です。内容証明郵便は、なじみがない人も多いと思いますが、最近はネットから送付することも可能です。
e内容証明 電子内容証明サービス
//enaiyo.post.japanpost.jp/mpt/
専用のソフトを用い、文書を作成・送信できる仕組みとなっています。
内容証明郵便の料金は、利用方法によって細かく違いがありますが、もっとも基本の例では、基本料金に一般書留の加算料金と、内容証明の加算料金(420円・2枚目以降は250円増)を足したものとなります。
STEP3 労基署に相談してみる
次に、職場を管轄している労働基準監督署(労基署)に、状況を説明し、相談します。労基署なんて本当にあてになるの?と思う人も多いでしょうが、やはり、相談したという事実、労基署から会社に問い合わせてもらったなどの事実を残しておくことが大切です。
相談は労基署に出向いて行います。労基署は全国に300署以上あります。場所や管轄は以下から調べられます。
全国労働基準監督署の所在案内
//www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/location.html
出向く際には、口頭で相談・状況を報告してもかまいませんが、より事実を正確に伝え、スムースに対応してもらいたいのならば、申告書を作成していくことをおすすめします。 申告書の書き方ですが、現在の事実関係や求めたい措置などを簡潔に書くことが重要です。 書き方のポイントを紹介しましょう。
1.「労働基準法違反に関する申告書」といったタイトルをつけます。
2.日付と管轄の「○○労働基準監督署長 殿」と相手名を記しましょう。
3.申告者として、自分の名前や連絡先を記入します。事情がある場合、匿名でもかまいません。
違反者として、会社の名称や所在地を記入しましょう。正式名称で記載するよう注意してください。
4.申告者と違反者の関係が分かるよう、労働に関しどのような契約を結んでいるか、勤続年数は何年かなど、関わりを簡潔に記します。
5.労働基準法に違反していると考えられる内容を、簡潔に記しましょう。残業代の未払いなら、「労働時間○時間についての支払いが行われていない」といった簡単な表現でかまいません。
6.求める対応を記しますが、詳細を記入する必要はないので、「上記記載事項の事実確認と違法行為に対する権限行使を求める」といった、総括的な表現を用いておきます。
7.添付資料、証拠資料のリストを書き込んでおきます。資料としては、給料明細やタイムカードの写し、勤務表データ、就業規則等が考えられます。できるだけ具体的な関連証拠として収集し、印刷して添付しましょう。
労基署を利用する上で注意したい点としては、あくまでも労働基準法違反を監督する公的機関ですから、明確な法違反がないと動くことができない性格があります。同法では直接裁けない、労働条件の改善交渉といった当事者間の問題、法的判断が微妙な紛争に関しては、関連性のあるものとして相談には応じてくれても、介入することができません。
直接的な実効力を発揮してほしい場合には、法律違反を明確に示せる証拠を収集し、要求を明確にして足を運ぶことが大切です。
なお、労基署では労働者本人だけでなく家族からの相談も受け付けています。足を運ぶことが難しい場合には、電話での相談窓口も設けられています。
STEP4 労働審判の準備をする
会社への直接の申し出が受け入れられたり、労基署から指導が入って改善すればよいのですが、そう簡単にはいかないでしょう。次のステップは、労働審判というものになります。
労働審判は、個々の労働者と経営者・事業主との労働関係トラブルを、実情に即し、迅速に、適正かつ実効的に解決するために設けられている制度です。流れとしては、労働者が申し立てを行うと、労働法や労使紛争などに専門的な知識をもつ人が労働審判委員となって、審判官(裁判官)とともに、客観的に審理し、両者の和解の成立を目指していくものとなっています。
司法機関のお世話になるということで、ハードルが高く感じるかもしれませんが、あくまで労働者のためにある制度です。実際に申し立て件数の8割ほどは、調停による和解が迅速に進み、解決が見出されているといわれていますので、この手続きを活用することを考えましょう。裁判のように何年も闘わなければならないということもありません。
この労働審判の申し立てを行うと決めたら、そこで自分の残業状況を立証する証拠集めを本格的にはじめなければなりません。
この審判手続きを上手く進められるかどうかは、この資料集め、証拠集めにかかっているといっても過言ではないでしょう。
タイムカードのコピーや勤務時間メモ、就業規則等、この後にも紹介しますが、より重視される確実な資料を、しっかりとそろえていきましょう。
STEP5 裁判所で労働審判の申し立てをする
さて、労働審判を申し立てるには、まず申立書を提出しなければなりません。
この申立書ですが、基本的には、
・申し立ての主旨
・具体的事実に基づいた申し立ての理由
・予想される争点と争点に関連する重要な事実・証拠
・申し立てにいたるまでの当事者間における交渉など、経緯の概要
といった内容がまとめられていれば、問題ありません。
地方裁判所が例示しているフォーマットもありますから、それを参考にするとより分かりやすいでしょう。
東京地方裁判所(民事部)労働審判手続
//www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minjibu/index.html
この申し立て書1通と、申し立て書の写し(相手方の数+3通)、証拠書類の写し(相手方の数+1通)、申立手数料、郵便切手等をそろえ、地方裁判所の民事部に提出すると、申し立てが行えます。
なお、当事者が法人である場合や、法定代理人である際には、このほかに資格証明書も提出が必要です。
申し立ての手数料は、労働審判を求める事項の価格、つまり、取り戻したい未払い残業代の額によって異なります。正確には各裁判所で確かめる必要がありますが、目安としては以下のような感じです。
未払い残業代 | 申し立て手数料 |
---|---|
~10万円 | 500円 |
20~100万円 | 1,000~5,000円 |
100~300万円 | 5,000~1万円 |
300~1,000万円 | 1万円~2万5,000円 |
必要な書類等は、ケースにより、また裁判所の判断により異なる場合がありますから、指示に従いましょう。受理されれば、申し立ては完了、後日第1回の期日連絡が裁判所から連絡されることとなりますから、その知らせを待ってください。
STEP6 相手方の答弁書に「反論」する
申し立てを行うと、会社・事業主側から、それに対する答弁書が出されます。
要は、こちらが「未払い残業代払ってよ」と言ったのに対して、会社側が「~という理由で、払う必要ないです」みたいなことを言い返してくるプロセスです。先ほど紹介した東京地方裁判所のページで、答弁書の見本が公開されています。事前にどのようなスタイルのものか見ておくとよいですね。
そのうえで、実際に届いたら、その内容に対し、反論やその反論を裏付ける証拠を準備します。
これを労働審判第1回期日までに行います。完璧にそろえることは日程的に難しいことなどもあるかもしれませんが、当日に備え、できるだけの準備をして臨むことが大切です。
STEP7 審判日に出頭する
裁判所から連絡のあった、第1回期日に裁判所へ出向きます。
裁判所なんて初めて!という人も多いでしょう。緊張すると思いますが、裁判ではないので、「法廷」に立つこともありません(普通の会議室のような場所を使用します)ので落ち着いていきましょう。審理は原則として非公開で進められます。一般の傍聴人がいたりはしませんので安心して下さい。
ただし、相手方は出席するのですから、会社の人とは顔を合わせなくてはいけません。少々気まずいと思いますが、やむをえませんね。とはいえ、ここでケンカ腰になるのはNG。訴訟にまで持ち込みたくない、ここで解決したいという姿勢を見せることがむしろ重要です。
ここでは主張や争点の整理、書証の取り調べ、口頭での意見聴取などが行われます。
労働審判手続は、基本的に3回以内に終了するものであるため、ある程度事前に調停による解決も考慮に入れ、話し合いに臨むことも必要になります。迅速に手続を進めるため、早い段階から金銭交渉に入ることとなりますが、主張はしっかりともって、歩み寄りすぎないように注意しましょう。
有利に進めるためのコツとしては、やはり十分な裏付けとなる証拠をみせること、そして発言や態度による心証を良くすることが大切です。
・証拠はどんなものが必要?
就業規則や、雇用契約書、タイムカードの写し、勤務表データ、給与明細書など、関連すると思われる資料は、集められるだけ集めておきます。
本来、就業規則は全従業員が自由に閲覧することができるよう、各就業場所等に置いておくことが法律で定められています。雇用に関する契約書も同様で、必ず文書で最新のものを受け取ることができる環境が敷かれていなければなりません。
しかし場合によっては、これらを手に入れることが難しいケースもあるでしょう。
その場合は、そうした状況も“現況として問題あり”な部分であるわけですから、そのことが証明できるように、閲覧したいと伝えたメールや、自分の手元になく、もらっていないようだと伝え、確認してもらった経緯が分かるメールやメモを残しておくと、役に立つことがあります。メールはプリントアウトでき、記録が残るパソコンのメールが良いでしょう。
他にも写真資料など、関連するものがあれば、すべて集めておきます。
・「心証」とはどういうもの?
実際に労働審判が始まれば、重要になってくるのは“心証”です。ごく簡単にいえば、相手(=審判委員)に与える印象ですね。
イメージづくりなんて意味があるの?と思われるかもしれませんが、審判委員会のメンバーも人間ですし、人と人の関わり合いに関すること、そしてその解決を図る交渉ですから、実際には心証は大きな影響をもちます。
事実を客観的に裏付け、示すことができるものは証拠です。しかし、そうした証拠ではカバーできない部分も多数あるでしょう。そこで、それぞれの言い分の確からしさ、信憑性を判断するとき、心証は重要な判断要因になるのです。
発言のつじつまがあっているかどうかなども総合的にチェックしていきますが、「誠実そうである」「正直そうだ」「弱い立場にある」「心から解決したいと願っている」といった印象の人が必死に訴えている場合と、「時間や言葉遣いがルーズである」「自らの権利ばかり強く主張する」「態度が悪い」といった印象の人が要求を述べている場合とであれば、どちらが信用されやすいか、助けてあげたいと思ってもらえるかは明白でしょう。
言うまでもなく、前者のタイプですね。
労働審判では、迅速な解決を目指して、口頭で審理がどんどんと進められていくので、そのなかでの発言や態度に十分注意し、良い心証を得られるようにしていくことがコツとなります。
審判当日には絶対に遅刻しない、きちんと整えられた清潔感のある服装で臨むといった、社会人としての基本をおさえておくことも、もちろん重要です。
とにかく良い印象を与え、心証を良くすること、信頼してもらいやすい地盤をつくることが、有利に進めるコツです。
裏付けとなる“証拠”と、主張・発言を信じてもらうための“心証”、この2つをしっかりと確保しましょう。
STEP8 和解調停を受ける
審判の内容を受け、3回ないし2回の審判中、相手方から出された和解案が審判官から提示されます。
その金銭支払い内容等、調停事項に納得がいった場合、これを受け入れて和解調停成立となります。
直接、会社側など、相手となっている側から、話し合い案が出されるわけではありません。あくまでも、第三者の審判官を通じて伝えられ、合意にいたれば、和解です。
しかし、この調停案では双方合意とならず、3回目の審判期日となった場合には、審判官から、これまでの内容を考慮し、裁判の判決同様、審判が下されます。
この下された内容に異議がない場合、労働審判は確定となり、裁判上の和解と同一の効力をもって、紛争解決とみなされます。
もしも審判で勝ったのに払われない場合は
労働審判手続は、その結果に強制力が発生します。通常の裁判の判決同様のものということです。裁判の判決に対して控訴などができるように、労働審判にも異議申立てを行うことができます。これは審判後、2週間以内に行います。
もしも会社側が異議申し立てをしてきたら、管轄する地方裁判所で通常の訴訟手続きへと移行することとなっています。つまり裁判になってしまうわけです。
それとは別に、審判で請求していた未払い残業代が認められるなどし、金銭の支払いが会社側に命ぜられる結果を得ることができたにもかかわらず、2週間以内の異議申立てもなく、さらに実際の金銭の支払いもなされない、という場合があります。会社側が審判の結果を無視しているという状況ですね。
そういう場合は、強制執行の手続きをとることができます。
強制執行では、裁判所が代わりに相手側に対する請求権を強制的に実現し、支払い等を完了させます。一般には「差し押さえ」と言ったほうがわかりやすいかもしれません。
強制執行でも取り立てができないときは、取立訴訟を提起し、回収を図る必要が出てくるケースもあります。
述べたように、労働審判の8割程度は和解で解決していますので、ここまでのケースになることは少ないと思いますが、労働審判だけで解決しなかった場合も、他にも方策はあるということを覚えておきましょう。