事故を未然に防ぐ自動ブレーキの普及が進む中、昨年国交省が「ぶつからない車」の性能評価を発表しました。人気車種が思わぬ低評価を受けるなど、今後の車選びに大きな影響を与えかねない結果に、メーカーは今後さらに「自動ブレーキ」の開発に力を入れていくのではないかと思われます。
「自動ブレーキ」の開発が進めば安心して車の運転ができることはもちろん、事故が減って自動車保険の保険料が安くなるのでは?と思いますが、予想とは逆に「自動ブレーキが普及すれば損保会社が儲かる」という気になるニュースを発見しました。
「自動ブレーキ」が普及すれば損保業界が儲かる
日本の場合、自動車保険の保険料は「損害保険料算出機構」が保険会社から提供される「契約データ」「支払いデータ」「損害調査に関するデータ」を基に、「事故の発生する確率」と「1事故あたりの平均損害額」を予想して算出される。
とすれば、「自動ブレーキ」が普及し、交通事故発生の確率が下がれば、保険料が安くなってもいいように思える。
と ころが、現在日本の交通事故データは自動車の形式で管理しており、どのような装置を装備しているかというデータは存在しない。今後反映させようという動き はあるものの、データ蓄積には時間がかかり、データの見直しは3~4年に1回であるため、その間自動車保険の利益率が3~4%増えるとの試算もある。
今回は、この記事から自動車保険の保険料率(保険金額に対する保険料の割合)の決まり方や、「自動ブレーキ」の進化が今後の保険料に与える影響などを考えてみたいと思います。
自動車保険の保険料はどう決まる?
自動車保険料は、事故が発生した時に支払う「純保険料率」と保険会社の経費にあたる「付加保険料率」で決まります。「純保険料率」は自動車事故の発生確率などによって変わりますが、「損害保険料算出機構」(以降「算出機構」)はどのような要因で保険料率を決定しているのでしょうか?
保険料に影響する主なリスク区分
用途・車種 | 自家用か事業用か・普通乗用か小型乗用か、使用頻度、走行距離など |
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型式別料率クラス | 事故を起こしやすい車か、起こしにくい車かを算出機構が毎年見直して、車のタイプや年式で9段階に分類。数値が大きいほど保険料が高くなる。 |
新車・新車以外 | 新車の方が安全装置、安全性が向上 |
保険金額等 | 大きな補償を付ければ保険料は高くなる |
年齢 | 運転者の年齢による保険料の差 |
等級 | 事故の有無により1~20等級に分かれる |
運転者限定 | 家族・配偶者・本人などに運転者を限定すると保険料が安くなる |
以上のようなリスク区分の中で、「自動ブレーキ」の普及と関連するのは、「型式別料率クラス」の部分でしょう。
料率クラスは同じ車種や、排気量であっても型式が異なればクラスも変わります。毎年その車の事故実績によってクラスが見直されるからです。料率クラスが1ランク変わると保険料が20%変わり、料率クラス最低の1と最高の9では保険料に4倍もの差がつきます。自動ブレーキ搭載車の事故率が減れば、毎年の見直しで保険料が安くなる可能性もあるのではないでしょうか?
「算出機構」の見直し前に保険料が下がる可能性は?
算出機構の「純保険料率」の見直しは3~4年に1度であるため、次の見直しまで保険料は変わらず、だからその間保険会社が儲かる、というのが最初のニュースの趣旨でした。しかし、本当に保険料は安くならないのでしょうか?
そこで、「純保険料率」以外の保険料値下げの可能性を3つ考えてみました。
①「料率クラス」は事故率による見直しが毎年行われるため、同じ車種であっても「料率クラス」の変更による保険料の値下がりの可能性がある。
②現在各保険会社は算出機構の純保険料率を使うことが義務化されておらず、保険料は一定の範囲内で自由化されているため、各社の裁量内で保険料値下げをする可能性がある。
③各社裁量内で「安全装置割引」などオプションで値下げをする可能性がある。
保険会社の努力によって可能性があるのでは?と考えましたが、残念ながら現在の日本では金融庁の規制により②③は実現不能のようです。実際2013年にアメリカンホームダイレクトは各保険会社の裁量内で料率を変更できる仕組みを使って、割引を考えたことがありました。しかし、金融庁から、「安全装置は事故低減効果を実証して料率に反映すべし」と判断され、実際には販売できなかったようです。
結局、①の料率クラスで「自動ブレーキ」搭載車の事故率が減っていれば、毎年の見直しの中で反映される可能性がある、ということだけになりそうです。
今後の「予防安全技術」と保険の行方
さて、世界的に見ると、予防安全技術の先進地域であるユーロNCAP(ヨーロッパ新車アセスメントプログラム)では「衝突被害軽減ブレーキ」が後部衝突事故を38%軽減したとのデータもあります。今後AEB(レーダーやレーザー、ビデオを利用して予想される衝突を感知するシステム)搭載を義務付けする予定もあり、さらに技術競争が激しくなりそうです。
日本も一部義務化の動きもあり、算出機構がデータをそろえる3~4年後には、自動ブレーキ搭載車の普及とともに保険料が安くなる可能性はあるでしょう。
しかし、海外で事故軽減の実証がされたとはいえ、日本独自のリスクに対応できるかどうかの実証にはまだ時間がかかるかもしれません。たとえば狭く人と車が混在した道路の中や、夜の繁華街の様々な光の中での赤信号の感知など、まだまだ今後の公道での実験や実証の必要性も残されているでしょう。実験場では衝突が緩和されても、公道上の様々な条件の中で衝突を緩和することができて、はじめて安全性が確認され、保険料に反映されるのではないでしょうか?
従来のリスク区分を覆すテレマティクス保険
さらに、公道上での衝突事故軽減には自動ブレーキのみでなく、個人の運転技術や注意力なども影響するはずです。ドライブレコードや、スマホ、カーナビなど移動体通信システムを搭載することで、運転者が安全に運転しているのか、それとも急ブレーキ、急ハンドルを使った危険な運転をしているのかなどのデータをクラウド上に蓄積する技術が進んでいます。
すでに欧米では運転技術の情報を収集、運転診断をして保険料に反映させるテレマティクス保険が普及しています。日本でも損保ジャパン日本興亜やソニー損保などが、販売を前提とした、運転診断サービスを始めています。今後は「安全運転する人にはより安い保険料で」という新基準のリスク細分化型保険、テレマティクス保険が主流になるのではないでしょうか。
算出機構のリスク区分の中に「運転技術」という項目が追加され、「安全運転する人」が「危険運転する人」の分の保険料を払わなくていい時代が、もうすぐそこまできているのかもしれません。
参考
- 「自動ブレーキ」が普及すれば損保業界が儲かる
//diamond.jp/articles/-/65969
- 損害保険料算出機構(損保料率機構)の概要
//www.giroj.or.jp/disclosure/o_gaikyo/gaikyo_H24_06.pdf