最新がん治療?「プレシジョン・メディシン」の高額な費用負担をどうカバーするか?

目覚ましい進歩を遂げるがん医療ですが、最近よく耳にするのが、「がんゲノム医療」という言葉です。

がんゲノム医療とは、がん患者の遺伝子情報を調べ、その遺伝子に応じた個人の体質や病状に適した医療を施すこと。同じ部位のがんであっても、患者によって原因の変異は異なるため、従来の臓器別の治療よりも効果的と言われています。

厚生労働省では、国内の医療従事者や研究者による「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」を立ち上げ、がんゲノム情報を用いて、医薬品の適応拡大やがんの診断・治療、新薬の研究開発など、より有効・安全な個別化医療の提供体制(がんゲノム医療推進コンソーシアム)の構築を目指すとしています。

がん患者のゲノム調べ治療、中核病院指定へ

《要約》がん患者のゲノム(全遺伝情報)を調べて適した治療法を選ぶ最先端の「がんゲノム医療」で、全国展開に向けた実行計画をまとめた厚生労働省の「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会(第4回)」の報告書案が5月下旬、明らかになった。

先行して本年度中に7カ所程度の「中核拠点病院」を指定。2年以内に実施病院をさらに増やし、数年後には全都道府県の病院で実施することを目指す。

計画では、100種類以上の遺伝子変異を一度に調べられる検査機器を、優先的に薬事承認して開発を後押しし、医療現場での検査を早期に可能にする。また、全国の病院からデータを集める「情報管理センター」も新設。究極の個人情報とされる遺伝情報を長期間扱うため、国立がん研究センターでの運営を想定している。

中核病院の支援により、全国に約400ある「がん診療連携拠点病院」でも態勢が整えば、順次ゲノム医療を提供できるようになるという。

目次

がんゲノム情報をベースにした「プレシジョン・メディスン」とは?

このがんゲノム医療と同じく、がん患者の遺伝子情報に着目した医療で、最近よく取り上げられるのが「プレシジョン・メディシン」(Precision Medicine)です。

これは「精密医療」とも訳され、遺伝子情報などを軸として、より詳細な個人情報を基に、個々の患者に最適な予防対策や医療を行うという一つの概念です。

これまでも、プレシジョン・メディシンと類似したものに「個別化医療」がありました。両者とも、個々の患者の遺伝子の特徴や患者の状態に応じた治療法のことであり、プレシジョン・メディシンと‘≒(ほぼ同じ)’と取り扱われることもあるようですが、厳密には異なります。

個別化医療は、Personalized Medicineという英訳の通り、対象は一個人。ひとりひとりに対して有効な医療サービスの提供が可能となる分、費用も高額です。また予防への考慮もとくにありません。

それに対して、プレシジョン・メディシンは、がん患者を特定の患者集団として分類し、その集団ごとの治療法のみならず、予防についても対応していくものです。

遺伝子をはじめとするDNA解析技術は、ここ10年で飛躍的に向上。さらに詳しい遺伝子情報が判別可能になったことで、個別化医療がより‘精密’度を増した、進化版がプレシジョン・メディシンというわけです。

そして、費用対効果の観点などから、個別化医療に比べて優れているということで、2015年1月20日に行われたオバマ元米大統領の一般教書演説において、‘Precision Medicine Initiative(個別化医療に関する取り組み)’として、2億ドルという巨額の予算を投じて推進すると発表され、世界的にも注目されました。

すでに日本でも、2015年2月から、全国200以上の医療機関と15の製薬会社が参加し、臨床試験の大規模プロジェクト「遺伝子スクリーニングネットワークSCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)」が行われています(実施期間は、2017年3月までの予定だったが、4月に新たに製薬会社1社が加わり、2年の延長が決定)。

プレシジョン・メディシンは保険診療の対象になる?

具体的にプレシジョン・メディシンでは、患者ごとに異なる遺伝子異常(ドライバー遺伝子異常)を検出し、遺伝子変異のタイプを見極めた上で、効果が期待できる「分子標的薬」などを用いて治療を行います。

そのため、プレシジョン・メディシンを行うには、遺伝子検査(クリニカルシーケンス)が不可欠。そして、個別化医療に比べて、「費用対効果が優れている」といっても、遺伝子情報に基づく検査や治療で保険適用されているものは、まだまだ少ないのが現状です。

自由診療や臨床試験として行っている医療施設もありますが、自由診療の場合、費用は全額自己負担。臨床試験の場合でも、一定の参加条件をクリアしなければ参加できないため、希望者全員が受けられるわけではありません。 

とりわけ複数の遺伝子異常が一度に分かる網羅的ながん遺伝子検査は、ほぼすべてが公的保険の対象外で検査説明を受けるだけでも数万円。検査費用となると40~100万円が必要となり、時間もかかります(表1参照)。

【表1】網羅的ながん遺伝子検査を実施している医療機関
 医療機関遺伝子検査名対象検査費用セカンドオピニオン費用結果が出るまでの期間
北海道大学病院オンコプライム希少がん、原発不明がん、標準治療で改善不能時1,014,774円32,400円約5週間
クラーク検査抗がん剤治療時クラーク検査S:424,867円 L:648,754円約2週間
千葉大学病院オンコプライム希少がん、原発不明がん、標準治療で改善不能時101万2,500円3万2,400円約5週間
順天堂大学病院MSK-IMPACT61万5,780円3万3,840円約5週間
横浜市立大学病院MSK-IMPACT61万8,546円1万1,130円約5週間
京都大学病院オンコプライム88万3,980円3万2,400円約5週間
岡山大学 オンコプライム101万2,000円4万2,000円約5週間
P5ゲノムレポート抗がん剤治療時(固形がん)52万8,000円4週間以内
国立がんセンター他スクラム・ジャパン肺がん・消化器がん(大腸、胃、食道、小腸など)無料(臨床試験扱いとなるため参加製薬会社が負担)無料

*2017年6月21日現在

なお、冒頭でご紹介した「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会」の報告書案では、がんゲノム医療の制度・費用面について、患者の負担軽減のため、検査費については、保険診療として実施すると明記されていますが、詳細は不明です。

仮に、先進医療と同じように保険外併用療養の枠組みでの利用となれば、技術料部分は全額自己負担。高額な負担となる可能性も高くなります。

  • 「遺伝子パネル検査(がん等に関する遺伝子を複数同時に測定する検査)」を早期に承認し、一定の要件を満たす医療機関において保険診療として実施すること
  • 保険外併用療養を活用した全ゲノム解析を実施すること

*出所:厚生労働省「第4回がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会(資料)」

高額な費用は検査だけに終わらない・・・

そして、網羅的ながん遺伝子検査の注意すべき点は、検査の結果すべての人が治療へとたどり着くわけではないということです。

また、たとえ薬剤の情報を得られたとしても、公的保険の対象外のケースがほとんど。治療に使われる分子標的薬も、最近のがん医療には欠かせない新しいタイプの薬剤ですが、いずれも高額です。こちらも、タイミングよく臨床研究や治験に参加できなければ、自由診療扱いとなります。

さらに、適用外の治療に想定外の副作用が出たとしても、「医薬品副作用被害救済制度」が適用されません。

この制度は、医薬品を適正に使用したにもかかわらず、その副作用によって入院治療が必要になるほど重篤な健康被害が生じた場合、医療費や年金などの給付を行う公的な制度です。

つまり、これらの治療を希望する場合は、相応の費用負担とリスクを踏まえた上で、利用するのが大前提ということ。とりわけ、高額な費用負担をがん患者やそのご家族がどのように担保するかについては、議論がほとんどなされていないと痛感しています。

民間保険は使えるの?これらの費用をまかなうには?

最後に、これらの高額な費用をまかなう手段として候補に挙げられる、プレシジョン・メディシンと民間保険の関係についてです。

最近、抗がん剤治療や放射線治療などの通院治療を保障するがん保険が主流となっています。ただし、保障の対象は、あくまでも「公的保険の対象となっている治療」です。

したがって、自由診療扱いの場合、給付金等の対象外になり、民間保険でその費用をまかなうことはできません。

ただし、がん保険の中には、先進医療や自由診療も含め、実際にかかった費用を補償する「実損てん補タイプ」の商品があります。

このタイプの代表格がセコム損保のがん保険「メディコム」とSBI損保の「がん治療費用保険」です。共通点も多いのですが、細かな点で違いがみられます。

おおむね、補償範囲が幅広いのが前者、保険料が割安なのが後者といった感じでしょうか。

今後のがん医療の行方を見据えた上で、がん保険に加入する場合、これらの実損てん補タイプの保険を視野に入れるのも一手です。

【表2】セコム損保・がん保険「メディコム」とSBI損保・「がん治療費用保険」比較
 セコム損保SBI損保
保険期間5年間(契約年齢90歳まで自動更新)5年間(契約年齢90歳まで自動更新)
がん診断一時金100万円(3年に1回限度で回数無制限)オプションにより一時金100万円(最後の診断確定から2年経過後)
入院保障無制限に保障 ・差額ベッド代、貸テレビ代、特別メニューの食事代など直接治療に関係しないものは対象外無制限に保障 ・差額ベッド代、貸テレビ代、特別メニューの食事代など直接治療に関係しないものは対象外
通院保障1,000万円まで保障 ・5年毎に保障額が1,000万円に復元1,000万円まで保障 ・5年毎に保障額が1,000万円に復元
高額療養費および付加給付適用時の扱い重複適用あり重複適用なし
自由診療時の要件・通院・入院に関する自由診療の保障に関しては、以下の2つの条件を満たすこと
① セコム損保の協定病院、がん診療連携拠点病院、大学付属病院等であること(全国約600病院)
② 治療内容に健康保険等の給付対象とならないがん治療が含まれていること
事前に医師が作成した診療計画書のご提出とSBI損保の承認が必要
月額保険料30歳男性 1,430円
35歳女性 2,390円
30歳男性 550円
35歳女性 970円
(保険期間5年、一時金なしの場合)

このようながんゲノム医療の進展を踏まえ、筆者は、2年ほど前から、「これからは‘治療’ではなく‘検査’の段階からお金がかかる時代」に突入しつつあると考えています。ただ、最先端の医療が、自分にとって適切なものかどうかはまったく別物。

複数の治療の選択肢や可能性が出てきている今こそ、冷静な判断とエビデンスに基づいたがん情報、リスクと個々の価値観に応じた‘自助努力’が求められているのです。

参考

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この記事を書いた人

大学卒業後、大手シンクタンク勤務を経て、FP資格を取得。1998年FPとして独立。CFP®、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CNJ認定乳がん体験者コーディネーター。消費生活専門相談員資格など。新聞、雑誌、書籍などの執筆、講演のほか、個人向けコンサルティングなどを幅広く行う。「夢をカタチに」がモットー。著書に「50代からのお金の本」(プレジデント社)。

黒田尚子FPオフィス

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