「がん治療」と「仕事」の両立のリアル

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制度拡充だけでは本当の就労支援につながらない

がん対策基本法に基づき策定された第3期がん対策推進基本計画(2018年3月9日閣議決定)では、がん患者の治療と仕事の両立に向けた支援の充実が明記されており、企業へのがん患者である社員に対する就労への配慮が求められています。

そこで多くの企業では、がんなど長期療養が必要な疾病に罹患した社員に対する支援制度を拡充させ、国も、ガイドラインを作成するなど、それを後押ししています。

しかし実際、どれだけのがん患者に、その意図や制度の内容が伝わり、活用されているのでしょうか?

あるいは、一緒に働く職場の同僚や経営者はどう感じているのでしょうか?

がん患者に対する治療と就労に関する調査は、これまでも色々と行われてきましたが、以下の調査は、がん患者以外に、周囲の社員や経営者などに対しても実施されたものです。

ここから、興味深い結果が明らかになりました。

どうやら、患者と彼らの間には、大きな認識のギャップが見え隠れしているようです。

「がんと就労に関する意識調査」で明らかになった4つのポイント

《要約》アフラックが、キャンサーソリューションズ株式会社と共同で実施した「がんと就労に関する意識調査」(回答数412人)(2018年11月1日)によると、がん患者を取り巻く職場環境について、4つのポイントが明らかとなった。

  • 診断から1年以内の体調不良による休暇取得日数は8日、2年目以上は30.9日に及ぶ。
  • 復職したがん患者の半数以上が「体調は以前の7割以下」と感じる一方、復職した部下に対しては「がんを考慮せずに評価が5割」で、周囲は罹患前を基準に見ている。
  • 経営者や同僚は、がん患者に「支援した」と考えているが、がん患者は、会社からの「支援はなかった」と感じる者が6割
  • 調査対象者が勤める企業の約65%に産業医が配置されているはずだが、それを認知しているがん患者は約25%。職場で「相談しなかった」も約3割で、その理由は「言っても変わらないから」が5割以上。

支援を提供する側と受ける側のギャップをどう埋めるか?

前掲の意識調査で、とりわけ筆者が気になったポイントは3つ目です。

「がんを治療しながら仕事を続けるために、どのような支援が会社からありましたか」という問いに対して、がん患者、周囲の人、経営者のそれぞれの回答は、とくに支援はなかったとするがん患者が6割に対し、支援をしなかったとされている周囲の人が約2割、経営者が1割未満と、そのギャップは明らかです。

それ以外にも、体調に合わせた柔軟な勤務時間・勤務場所の対応や提供、公的制度の説明、利用可能な社内制度の説明、代替要員の調整・確保などについて、がん患者と他の二者の回答の差が大きくなっているのが分かります(図表1)

つまり、支援を提供する側が「支援はあった」と感じているのに対し、受ける側の多くが「支援はなかった」と全く反対のことを感じているわけです。せっかく、制度を整備してもこれでも意味がありません。

提供する側は、制度の運用・周知方法を工夫する必要があるでしょうし、受ける側も、自分から能動的に動く重要性を認識すべきです。

就労支援の現場で、がん患者さんや企業の担当者双方の言い分を伺うと、お互い様では、と感じることが多々あります。「悪いのはあっちの方」と決めつけず、お互いが歩み寄る姿勢を持つことが大切なのです。

【図表1】

*出所:アフラック・キャンサーソリューションズ株式会社「がんと就労に関する意識調査」(2018年11月1日)

*出所:アフラック・キャンサーソリューションズ株式会社「がんと就労に関する意識調査」(2018年11月1日)

 

がん患者への国の取り組みは推進されつつある

冒頭で述べた通り、がん治療と仕事の両立は、がん患者にとっての大きなテーマであり、国も注力しています。

2016年2月、厚生労働省では「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を策定。これは、企業が、がん、脳卒中などの疾病を抱える社員に対して、適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行い、治療と職業生活が両立できるようにするため、事業場における取組などをまとめたものです。

医療者やがん患者等への認知度や運用面が今一つという声もありますが、このようなガイドラインを国が作るのは初めてのこと。その後も改定を加えるなどしており、国としての指針を示したという点は評価すべきだと考えています。

また、2018年診療報酬改正では、「療養・就労両立支援指導料」と「相談体制充実加算」という2つの診療が新設されたこともトピックスとして挙げられます(【図表2】)。

これらは、主治医と産業医が連携して、がん患者の就労に必要な指導などのやりとりを行えば、「療養・就労両立支援指導料」が加算され、さらに必要な相談支援に応じる体制が整備されていれば「相談体制充実加算」がつくもの。医療機関にとっては、就労支援を行えば診療報酬が加算されるので、大きなインセンティブになります。

実際の医療機関での運用については、まだまだというのが現状のようですが、そもそも、ここで重要な役割を果たすべき「産業医*」の認知度が、前掲の調査で約25%と低いのでは、まずは産業医へのアクセスをどうするかを考える必要がありそうです。

*事業場において労働者の健康管理等を行なう医師のこと。労働安全衛生法では、常時 50人以上の従業員を使用する事業場では選任が義務付けられている。

【図表2】

療養・就労両立支援指導料6ヵ月に1回、1000点就労中のがん患者について、主治医が産業医から助言を得て、患者の就労の状況を踏まえて治療計画の見直し・再検討を行う等の医学管理を行った場合に算定できるもの
相談体制充実加算500点専任の看護師あるいは社会福祉士が、就労を含む療養環境の調整等に係る相談窓口の設置に対して算定ができるもの

このほかにも、東京都では、難病やがん患者の治療と仕事の両立に向けて積極的に取り組む企業を支援するため、就業支援奨励金制度を設けるなど、独自の就労支援を行う自治体も出てきています(【図表4】)。

【図表3】

3

*出所:東京都TOKYOはたらくネット

企業は、がん患者の味方「アライ(ally)」?

一方、がん患者への支援の取り組みを積極的に行う企業も確実に増えています。

がんを治療しながら働く「がんと就労」問題に取り組むため、2017年10月に発足した民間プロジェクト「がんアライ部」(代表発起人:岩瀬大輔、功能聡子)では、がん罹患者が治療をしながら、いきいきと働ける職場や社会を目指す「がんアライ宣言・アワード」を創設。

2018年10月に、第1回「がんアライ宣言・アワード」の国内21社のエントリー企業および「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」各賞の受賞企業が発表されました。

受賞企業として、伊藤忠商事やクレディセゾン、サッポロビール、日本航空、野村證券、ローソンといった大企業が名を連ねる中、従業員が数十人以下の、いわゆる中小企業が含まれていることに安心感を覚えます。

大企業に比べ、体力のない中小企業は、がん患者支援まで手が回らず、しかも、がん患者が勤務しているのは、そういった中小企業がほとんどだからです。

前掲の調査において、がん患者の相談先について、直属の上司が56.3%、同僚が28.6%と高い一方、職場で「相談しなかった/頼りにした人はいなかった」が29.6%と一定数います。

その理由として「言っても何も変わらない」が54.1%と半数を占めているのは、職場に対してなんら期待をしていない。最初から諦めているといった、企業にネガティブな感情を持つがん患者が、少なくないことのあらわれなのでしょう。

実際、がん患者の中には、がんに罹患した事実を勤務先に伝えるデメリットを危惧して、職場に罹患したことを伝えていないという方もいます。

もちろん、勤務先への報告は、がん患者本人の自由です。しかし、その場合、利用できる社内制度や相談窓口が限定的になりますし、治療期間が長引けば、相当のストレスがかかることも覚悟しておく必要があります。

いずれにせよ、国や企業が、がん患者にとって味方「アライ(ally)」であると感じられるような支援が行えるよう、がん患者自身も意識を変え、自分から「こんな制度が欲しい!」と声をあげるべき時期に来ているのかもしれません。

参考

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この記事を書いた人

大学卒業後、大手シンクタンク勤務を経て、FP資格を取得。1998年FPとして独立。CFP®、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CNJ認定乳がん体験者コーディネーター。消費生活専門相談員資格など。新聞、雑誌、書籍などの執筆、講演のほか、個人向けコンサルティングなどを幅広く行う。「夢をカタチに」がモットー。著書に「50代からのお金の本」(プレジデント社)。

黒田尚子FPオフィス

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