ご自宅の購入を検討している方は既にご存知と思いますが、この10月に住宅金融支援機構の住宅ローン【フラット35】が「団体信用生命保険付き」を標準とするように改定されました。
【フラット35】2017年10月の制度変更事項のお知らせ
//www.flat35.com/topics/topics_20170804.html
団体信用生命保険(団信)とは、住宅ローン契約者が死亡するなど万一の場合に保険金によって債務を完済する保障制度です。これまではローン返済金とは別に保険料を毎年支払う方式でしたが、この度の改定で団信の組み込まれたローンがスタートしたのです(団信無しの選択も可能)。
団信付きを選択すると保険料に相当する分が金利に上乗せされますが、ローンと保障が一体となったことで、従来制度での「ローン返済額」と「特約保険料」の合計額よりも新制度の負担総額は軽いようです。従来より保障対象は死亡・高度障害のみでしたが、およそ10年前からは3大疾病保障付き団信(ガン・急性心筋梗塞・脳卒中)が選択肢に加わり、また今回「高度障害保障」が「一定の身体障害、介護状態の保障」に改定されて、保障範囲が拡大されています。
※制度変更についての詳細は下記記事をご参照ください
【フラット35】の団信10月からローンと一体型に!実質特約料値下げ?
団信と一般生保の比較検討
万一の場合のローン返済残額を補填する手段としては、民間生命保険会社が販売する定期保険(収入保障保険など)を利用する選択肢もありますから、「団信と民間生保はどちらが有利か」の問題は以前から様々に検討されています。生命保険業界では競争激化を背景にこの分野の保険も保険料の引き下げ、保障対象の拡大、選択肢の多様化が進んでいます。
ガンや脳卒中などで長期治療を余儀なくされた場合は、収入の減少もあり得ることなど、家計へのダメージはむしろ死亡時よりも大きい場合もあるでしょう。従来どおりに死亡時の対策だけで良いのか、あるいは特定疾病保障を加えた保険にするべきなのか? 元々生活保障目的で加入している生命保険の内容を再確認することと合わせて、ローン対策保険の検討にあたっての選択肢は増えてきています。民間生保の多様化を追うようになされてきた機構団信制度の改正、多様化は、家計環境に合わせてより合理的なライフプランを築けるようになったわけで、歓迎すべき状況と言えそうです。
団信の保険料(金利上乗せ分)は残債の減少と共に逓減していきますが、一般生保の保険料は基本的に期間中一定金額です。このことから契約当初のコストは「団信>生保」であっても、経過年数によって逆転する場合が一般的のようです。また一般の生命保険ならある程度の期間中の変更などが可能である点なども団信とは異なります。保障コスト総額の比較のみではなく、家族状況の変化も加味した長期ライフプランの一環として検討するのが良いのでしょう。
団信の契約時に注意すべき重大事項
しかし団信への加入と一般の生命保険加入との違いをあらためて考えると、コスト面での有利・不利とは別次元の問題が潜んでいるように私には思えます。それは契約時の告知の問題です。
生命保険加入の時には基本的に生命保険のプロ(保険募集人)との面接によりあれこれと説明を受けます。保障内容や保険期間、金額設定などを経て契約する際に必ず必要となるのが健康状態の「告知」です(場合により医師の診断と告知)。
告知書の質問に対する回答は基本的に「はい」または「いいえ」の単純なものですが、実際に回答記入する段になって「あれ、どちらだろうか?」と迷ってしまう場合も決して少なくはないでしょう。
2007年の保険業法改正にともなって、告知書の質問は曖昧さを極力排除すべくより具体的な質問形式となりましたので「書くべきかどうか」と悩むケースは以前よりは減っていると思います。しかしそれでも、明確にすべての質問にはい・いいえで答えられるとも限りません。そんなときには保険募集人等から告知の重要性や告知書の書き方など詳しい説明を受けた上で、迷いをなくして記入することになるはずです。正確な告知が重要であることの意味、不正確な告知がもたらす契約者側のリスクなどに関しての保険募集人の説明義務は、行法改正もあって従来以上に厳しく問われるようになっています。
さて一方、住宅ローン契約に伴って記入する団信の告知の場合はどうでしょう。
住宅ローン商品を販売する金融機関の営業担当であれ、住宅売買の仲立ちをする不動産業者であれ、彼らも事業者ですから、当然ローン契約をスムースに成約させたいと考えるでしょう。
人生設計上の重大な決断をしたローン契約者側にも、なんとか無事に手続きを進めたいという強い気持ちがあるでしょう。
ローン契約自体についての審査がOKとなり、次の関門ともいえる団信の告知書記入にあたっては出来れば「告知は何も無し」で通したいという心理が、当事者双方に働くかも知れません。
団信の告知書を記入する場合には「告知しない」方向への心理的バイアスが掛かってしまう可能性は否定できないように思います。
不正確な告知によって最悪の事態も
団信加入時の告知をキチンと記入しなかったことで後に大変な事態となった例をご紹介します。
以下はあるFPの顧客であったAさんに起きた実例を要約したものです。
Aさんは地元の金融機関で住宅ローンを組み、自宅用にマンションを購入しました。新居への引っ越しから約10か月ほど経過したある日、Aさんは自宅で突然倒れて救急搬送されました。救急病院での必死の治療もむなしく入院後まもなくAさんは死亡。死因はくも膜下出血でした。
Aさんはもちろん団信に加入していましたが、死亡後、数週間経って遺族が受け取ったのは「保険金は支払えない」という通知でした。なにがあったのでしょうか。
団信も一般的な生命保険と同様に、加入時には健康状態の告知が必要ですが、Aさんの告知には実は一点問題がありました。実はAさんは数年前から健康診断で高血圧の指摘を受けており、またローン契約の数か月前には近所の内科医で高血圧症と診断されて降圧剤(血圧を下げる薬)の処方を受けていたのですが、その事実が団信の告知書には記載されていませんでした。事情を知らぬ他人から見れば、なぜそんな大事なことを告知書に記さなかったのかと考えるかも知れませんが、本人にはそれなりの理由があったようなのです。
Aさんは処方された降圧剤を、一度も服用しなかったようです。高血圧と言われても日常生活に支障はないし特に自覚症状もないのだから、薬など飲む必要はないとの自己判断だったのでしょう。ご自身は「治療は受けていないし薬も飲んでいない」⇒「したがって告知は不要」と考えたかも知れません。真相は闇の中ですが、「告知無し」にしたいとの心理バイアスを背景に「そのくらいのことは書かなくても」と進言した者がいたかも知れません。
告知書の質問では医師の治療や投薬を受けたことがあるかを尋ねていますが、「治療」の内容には「診察」「検査」「指示」「指導」なども含まれています。Aさんは「薬を飲んではいないのだから」と自己判断したかも知れませんが、実際このケースは完全に告知すべき事実に該当します。従ってAさんは現実には「告知義務違反」を犯していたのです。
契約後早期の死亡時案だったので、調査機関が近隣の複数の医療機関などに事実確認を実施して上記のような実態が明らかになり、しかも死亡原因との因果関係(高血圧⇒くも膜下出血)が明らかになった結果、不幸にして保険金は支払われなかったのでした。Aさんが別途加入していた生命保険の保険金が受け取れたので遺族の経済的打撃は多少和らいだそうですが、本来であれば遺族の生活保障として準備していた保険金がローン返済に充当せざるを得なくなったのです。
団信、生保の告知の際に知っておくべきこと
当り前のことですが、団信であれ一般生保であれ保険加入時には正確に事実を告知しなければなりません。告知義務違反に問われると保険金や給付金を受け取れないことがありますし、保険契約が解除されて、その後の保障が無くなってしまいます。
告知の際には質問項目を熟読し、不明瞭な点があるなら担当者に確認をして、理解してから正確に告知しましょう。告知を軽視することは大きなリスクを伴うことなのです。
実はつい最近住宅ローン契約をした身内の者に聞いたところ、「団信の告知書」記入に際して事務担当者から「はい、があると入れません」という説明があったというのですが、その表現は不適切です。もちろん告知の内容によっては入れないこともありますが、事実を告知しない場合の契約後のリスクも大きいことを説明し、また、治療歴などがあっても問題の無い場合もあることを告げるのが正しい対応です。告知の質問に対して「はい」があると保険に入れない、と思い込むのは間違いです。
一般に高血圧症で降圧剤を服用している場合に、キチンと薬を飲んでいて血圧値が所定の範囲に収まっているのであれば、生命保険に無条件で加入できる可能性が高いのです。降圧剤を飲んで血圧が安定している状態の方が、何も手を施していない状態よりも保険引き受け上のリスクは低いとの判断があると思われます。上記事例のAさんは医師の診断を素直に受け止めて降圧剤服用を始めるべきだったし、団信加入時にはそれを正直に告知するべきでした。
保険の告知の重さを再認識しましょう
この不幸な事例について私は決して特異なケースとは思いません。告知の重さ(重要性)は多くの人にとって少々軽めに捉えられているような気がします。特に住宅ローンに伴って契約する団信の場合は、ライフプラン上の重い決断をし、物件の選定やローン審査という大きな関門を通過した直後の告知を、相対的に軽く感じてしまうという特殊な事情があるように思います。しかし、近年増加している「保険の通信販売」に象徴される「気軽に入れる保険」に関しても「軽く感じる」危険はつきまとうのではないでしょうか?
「手軽」「気軽」なイメージの保険商品であっても保険なのであり契約なのです。保険契約の重要な手続きである告知について正しく認識して頂きたいものです。
参考