出産育児一時金に含まれる「産科医療補償制度」。2015年より改定され、掛金が下がったワケをご存じですか?

産科医療補償制度がスタートして7年目となる今年、制度の改定が行われました。掛金が下がるなど変更点を整理するとともに、産科医療補償制度とは何なのか、を再考してみましょう。

目次

「産科医療補償制度」ができたいきさつ

産科医療補償制度は2009年1月にスタートした民間の補償制度で、分娩に関連して発症した重度脳性まひの子とその家族の経済的負担を補償する制度です。同時に、脳性まひ発症の原因分析を行うことで再発防止に役立つ情報を提供するという役割も担っています。それによって、紛争の防止や早期解決や産科医療の質の向上を図ろうというものです。

発端は、忘れもしない「大野病院事件」です。2004年12月、福島県立大野病院で帝王切開術(前置胎盤)を受けた妊婦が亡くなり、県は医療ミスとして医師が業務上過失致死と医師法違反の容疑で逮捕されました。マスコミの報道が過熱する中、医療関係者からは医師に落ち度はなかったと支援する声が広がりました。結局、2008年8月、福島地裁で無罪判決が出されました。

この事件以降、訴訟リスクを恐れて産科を閉鎖する医院が続出、産科希望の若手医師も激減しました。東京でも、妊婦健診を受けずに臨月を迎えた妊産婦が救急車でたらい回しに遭う(病院側は怖くて受け入れられない)という問題が起き、産科医療体制の整備が重要な課題となった、といういきさつがあります。

国は産科医療の環境整備を検討し、病院の評価などを行う(公財)日本医療機能評価機構(以下、機構)を運営組織とする形で、2009年1月に「産科医療補償制度」がスタートしました。

補償制度の仕組み

制度の仕組みは次の通りです。

まず、制度に加入している分娩機関(産院、診療所、助産院等)が掛金を負担する形で保険に加入し、掛金を機構に支払い、機構は引受を行う損保会社(大手4社)に保険料を支払います。保険に加入しているのはあくまでも分娩機関です。

補償の対象となるのは、分娩の事故等で子が所定の重度脳性まひの状態になった場合です。先天性によるものや新生児期になったものは対象外で、脳性まひも身体障害1・2級相当の重度のみです。在胎週数と出生体重の基準は後述します。

補償対象に該当する事故が起きた場合、妊産婦は分娩機関を通じて機構に申請書を提出します。機構が補償対象であると認定すると、保険金が妊産婦に支払われます。

支払われるのは、看護・介護のための補償として一時金600万円と分割金2,400万円(20年×120万円)、総額3,000万円です申請期間は子が生後6ヶ月から満5歳まで

「掛金は分娩機関が負担する」と前述しましたが、実際には分娩費用として妊産婦に請求されています。ただし、その掛金分は出産育児一時金に加算されて支給されます。現状、国内の99.9%の分娩機関が制度に参加しています。当然ですが、制度に加入していない産院等で出産した場合は補償がなく、出産育児一時金も掛金分が引かれた額だけ支払われます。

産科医療補償制度。形としては民間の保険制度です。

請求は満5歳の誕生日まで。忘れずに手続きを!

2015年1月からの改正点

制度スタート時から「遅くとも5年後をめどに制度内容を検証し、適宜必要な見直しを行う」とされ、2015年1月には補償対象となる脳性まひの基準や掛金、剰余金の使途等についての改定が実施されました。

 まず、補償対象となる脳性まひの基準は医療の進歩等を踏まえ、下記のように変わりました。なお、出生体重については「多胎児は出生体重が小さくなる傾向にあり、単胎児の場合と比べ不公平が生じている」との声などを踏まえて1,400gに下げられたそうです。

<2014年12月31日までに誕生した子>

(1)出生体重2,000g以上かつ在胎33週以上、または在胎28週以上で所定の要件

(2)先天性や新生児期等の要因によらない脳性まひ

(3)身体障害者手帳1・2級相当の脳性まひ

          ↓

<2015年1月1日以降に誕生した子>

(1)出生体重1,400g以上かつ在胎32週以上、または在胎28週以上で所定の要件

(2)先天性や新生児期等の要因によらない脳性まひ

(3)身体障害者手帳1・2級相当の脳性まひ

 

掛金も見直され、ほぼ半額に引き下げられました。

<2014年12月31日まで> 30,000円/分娩(胎児)

          ↓

<2015年1月1日以降>  16,000円/分娩(胎児)

制度が始まった頃は、「掛金が高すぎる」という批判もありましたが、データがほとんどない中で始まったため、発生率を多め(年500~800件)に見込まざるを得なかったようです。

2015年以降の保険料は、改めて行った補償対象者数の推計に、補償対象を少し広げた上で、1分娩あたり24,000円となりました。実際には、過去の剰余金から1分娩あたり8,000円が充当され16,000円で、今後10年間は剰余金による掛金の引下げが見込めるそうです。

再発防止効果は?訴訟件数は減った?

制度は脳性まひ発症の原因分析を行い、再発防止に役立つ情報を提供するという役割も担ってスタートしたものですが、では、その成果はどうでしょうか。また、「紛争の防止や早期解決」という目的も果たせているのでしょうか。

 補償対象と認定した後、機構は分娩機関から提出された診療録・助産録や検査データ、診療体制等に関する情報、保護者からの情報を集め、医療関係者や弁護士などで構成される原因分析委員会で、1件ごとに原因分析を行います。その報告書を保護者と分娩機関に送ります。報告書に書かれているのは、脳性まひが発症した原因、診療行為等に関する医学的評価、再発防止(産科医療の質の向上)の提言など。

ちなみに、5年間の原因分析で、常位胎盤早期剥離や臍帯因子、子宮破裂など原因が明らかになったものが73.4%ある一方で、原因不明のケースも26.6%あります。原因が特定できないむずかしさが産科医療にはあるようです。

原因分析の結果から「再発防止に関する報告書」がまとめられ、毎年公表されています。国内で再発防止や質の向上に役立てるだけでなく、最近は、海外の産科医療の現場でも役立てられているそうです。

一方、訴訟件数の傾向はというと、5年間に補償認定された1106件のうち、分娩機関への損害賠償請求は50件(4.5%)で、31件が訴訟、19件が訴外賠償交渉でした。これだけでは過去のデータがないので増減は不明ですが、最高裁の産婦人科の医療関係訴訟事件(分娩以外も含む)の既済件数は2009年が84件に対し、2013年は56件と減少傾向が見られます。

いずれにしても、ほんの7、8年前、「産科医療崩壊」とまで騒がれた状況がすっかり落ち着きを取り戻したのは、大きな成果なのではないかと思います。

参考

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この記事を書いた人

経済誌・経営誌などのライターを経て、1994年より独立系ファイナンシャル・プランナー。FPラウンジ 代表。個人相談やセミナー講師の他、書籍・雑誌の記事や記事監修などを行っている。95年、保険商品の全社比較を企画・実行して話題に。「保険と人生のほどよい距離感」をモットーに保険相談に臨んでいる。ライフワークとして大人や子どもの金銭教育にも携わっている。座右の銘は「今日も未来もハッピーに」。

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