「移動支援サービス専用自動車保険」はボランティアドライバーの増加につながるか

損害保険ジャパン日本興亜株式会社(以下「損保ジャパン日本興亜」)は、2019年6月19日、「移動支援サービス専用自動車保険」の販売を開始すると発表した。

https://www.sjnk.co.jp/~/media/SJNK/files/news/2019/20190619_1.pdf

損害保険ジャパン日本興亜株式会社は、高齢者をはじめとする地域住民の移動支援を後押しするため、業界初となる「移動支援サービス専用自動車保険」を開発し、7月から販売を開始します。

目次

1.公共交通機関が十分でない地域は高齢者の移動手段の確保が課題

都市部以外の地方部では、生活者の年齢を問わず、公共交通機関が十分ではないということもあり、移動について自動車に依存する割合が高い。30歳以上の人から69歳までの人は70%を超える。70歳以上となると体調を考慮して、自分自身で運転することを避ける人もいるであろう。免許を返納する人も出てくると考えられる。しかし、地方部における移動に関する自動車の依存度は、70歳以上の人で65%、80歳以上の人で57%であり、都市部での40%程度を考慮すると高い比率となっている(「モビリティに関する参考資料」日本経済再生総合事務局 2019年3月)。

タクシーの利用も考えられるが、料金が高額であることや、ドライバーの人手不足の問題から、地方部での日常的な利用は一般的なものとなっていない。公共の交通機関のない地方部においては、高齢者が買い物をしたり、医療機関に通院したり、役所で手続きを行ったりするなどの際の移動手段の確保は、喫緊の課題である。

2.地方部での日常の移動手段の選択肢が広がっている

このような問題点を解決するため、道路運送法では、「自家用有償旅客運送」と「許可・登録を要しない運送」の2つの交通手段が、公共交通機関を補完している。

(1)自家用有償旅客運送

必要な安全上の措置をとったうえで、市町村やNPO法人が道路運送法に基づく登録を行い、自家用車を用いて提供する運送サービスである。乗客の安全確保の観点から、ドライバーは2種免許であること、または1級免許所有者に講習を受講させること、運行管理の責任者を選任すること、が義務付けられている。また、有償であることから、利用者保護を目的として運送の対価の金額を提示することが求められている。

運送の対価は、当該地域におけるタクシーの上限運賃のおおむね2分の1の範囲内で、運送の対価以外の対価(迎車回送・待機・乗降介助など)は実費の範囲内となっている。

最近は、都市部においても、高齢者の生活支援や介護をおこなうNPO法人などが、この交通手段をサービスとして提供している。

(2)道路運送法の許可・登録を要しない輸送

地域の移動手段確保のため、道路運送法の許可または登録を要しない、助け合いの運送である。収受することができる金額は、実際の輸送に要するガソリン代、道路通行料、駐車場料金などの実費、利用者から受け取る謝礼などに限定されている。

2018年3月現在、自家用有償旅客運送を行っている市町村は全国1,724のうち440、団体は116である。高齢化の進展や、公共の輸送に従事するドライバーの安全確保の観点からは、自家用有償旅客輸送の重要性が、今後増大していくと考えられている。

3.ボランティアドライバーが自家用車を持ち込んで活動するリスク

前述の制度のうち、自家用有償旅客運送では、市町村やNPO法人が所有する車両が中心となっているが、2017年度からはボランティアを行う人が所有する車両を持ち込むことができるようになった。

万一、持ち込んだ車両で移動支援サービスを提供しているときに自動車事故を起こした場合、ボランティアドライバー自身が契約している自動車保険を使うことになる。契約内容が相手への損害賠償責任を十分果たせない場合、生活の基盤そのものが崩れてしまう可能性がある。また、自分自身が契約する自動車保険を使った場合、次回の更新時から保険料がアップしてしまうことがある。

このような現状が、ボランティアドライバーを十分に確保することができず、移動支援サービスの発展を阻害しているとの指摘が、以前からあった。そこでこのようなボランティアドライバーを支援する自動車保険商品の開発が検討され、今年になって発売が開始されたのである。

4.「移動支援サービス専用自動車保険」とは

契約者・記名被保険者は、移動支援サービスの提供団体となる。対象自動車は、登録ドライバー等が所有する自動車であるが、記名被保険者である移動支援サービスの提供団体が事前に承認したものであることが条件である。

この自動車保険が補償する対象事故は、移動支援サービスのために、ボランティアドライバーが自宅を出発した時から自宅に帰着した時までの間に発生した事故である。ただし、移動支援サービスの提供を行うにあたり、その合理的な経路を著しく逸脱している場合は除外される。

5.高齢化の進展で自家用有償旅客運送が期待されている

この自動車保険により、ボランティアドライバーがサービス提供中に事故を起こして相手に損害を与えた場合でも、自己負担することなく自動車保険で補償できるようになる。これが自家用有償旅客運送をはじめとする公共交通機関が十分ではない地域のインフラにおいて、ドライバーの確保につながり、その地域の活性化につながるのではと期待されている。

首相官邸の「未来投資会議」では、観光立国を目指すわが国において、タクシーの台数やドライバーが不足している現状をふまえ、自家用有償旅客運送を車両やドライバーの管理のノウハウのあるタクシー事業者に委託し、地域住民のみならず地域を訪問する観光客までを対象とした運送とすることを検討している。持ち込み車に移動支援サービス専用自動車保険が付保されれば、この制度のために積極的に自家用車を提供するボランティアドライバーが増えることだろう。定年退職後に、ボランティアドライバーとしていきいきと働く高齢者の姿も目に浮かぶ。

6.損害保険に期待される社会問題の解決

今回見てきたように、損害保険が個人や企業のリスクマネジメントとして活用されるだけではなく、社会が抱える課題を損害保険によって解決していく方向性がますます強まるだろう。特に損保ジャパン日本興亜は、この種の保険商品の開発は、業界を一歩リードしているように思える。損害保険業界を挙げて、社会が抱える諸課題に取り組むことに期待したい。

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この記事を書いた人

1962年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。 生命保険会社を経て、現在、独立系ファイナンシャル・
プランニング会社である株式会社ポラーノ・コンサルティング代表取締役。
1級ファイナンシャル・プランニング技能士、 CFP®認定者認定者。十文字学園女子大学非常勤講師。
個人に対するFP相談業務、企業・労働組合における講演やFPの資格取得支援、大学生のキャリアカウンセリングなど、
幅広い活動を展開している。

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