公的年金を運営する日本年金機構への批判が止まず、「組織としてまとまりがなく、現場と幹部の間の意思疎通が出来ていない」との見解が述べられたという報道がありました。「こんなことで私たちの年金は大丈夫なの?!」という不安が募るのは当然です。
しかしそれでも前回の記事で触れたように、年金は当てにならない!と言って保険料を納めないとか、年金制度を理解しないままでいることは、我々庶民にとってはマイナスでしかないと思います。公的年金制度がどんな時に私達の生活を守ってくれるのかを知り、同時にどのような問題点が私達の将来に影響するのかも見極めたうえでライフプラン を考え、必要と考えるなら自分年金(私的年金)を検討するのが正解です。
ところで公的、私的の別によらず「年金」という用語に対して、一種特別な感じを抱く方が少なくないように私はFP相談などを通じて感じています。
ここで年金とは何かの基本を確認してみましょう。国語辞典によれば「年金」=「ある契約のもとに毎年、時期を決めて支払う一定の金額」です。単に年金と言っただけでは、定期的に受け取る金銭というだけであり、長期間受け取れるとか一生面倒見てくれるということではないのです。
公的年金と個人年金保険は別物であることを再認識したい
日常会話で「年金」といえば通常は公的年金制度のことを指す場合が多いでしょう。そしてその中心を占めている老齢年金は一生涯受け取れる終身年金ですので、「年金=一生面倒見てくれるもの」というイメージが強いのではないかと考えられます。
多くの人が抱くイメージには不思議な力があるようで、金融商品などを売る側としてはそれを利用しない手はないということになります。「◯◯年金」と言う商品名にしたり、貯蓄性のある保険のパンフレットの中にも「年金としても受取り可能」との説明があったりしますが、その場合の「年金」と公的年金とは明確に分けて考える必要があります(公的年金のイメージはとりあえず頭から追い出しましょう)。
保険会社が販売している個人年金保険は、「保険会社が契約者から預かった保険料を元に運用してその成果を元手として一定期間、年金を支払う保険商品」ですが、実際の商品決定に際しては多くの選択肢があります。
- 保険料を毎月(または毎年)払うコツコツ積立型にするか、一括払いにするか
- 年金受け取り開始年齢を何歳にするか
- 年金受取期間はどうする? 10年、15年、20年、あるいは一生涯か
- 運用手段をどうするか?(元本保証の商品か、変動商品か?)
- いくら必要なのか? そしていくら払えるか?
これらの選択によって商品の性質、効用が大きく異なります。
さて、こうした個人年金保険の実際の効用はどんなものでしょうか?年金商品の価値の判定基準はあえて単純に言えば「いくら払っていくらもらうか」ということですね。
某保険会社のウェブサイトで個人年金保険のシミュレーションをしてみましたので例示します。
「返戻率129%」を魅力に感じますか?
契約年齢25歳女性、年金受取は65歳から10年間という例をみると、返戻率(受取率や戻り率と表記されている場合もあり)=約129%となりました。返戻率とは、受け取る年金の総額を支払う保険料総額で割った結果ですが、皆さんはこの129%をどう評価されるでしょうか?
自分の資金が保険会社に預けることで将来3割近く増えて戻ってくるなら、まずまず有り難いなあと感じる方は、保険会社が運用する期間と、その運用利率を知っていただきたいと思います。
まず、保険会社の運用期間ですが、保険料を払い込む25歳から60歳の35年間は毎月コツコツの積立方式、60歳から年金受取開始の65歳までの5年間は据え置き期間として、積み立てられた資金が運用されます。運用成果は一括して受け取るのではなく10年間分割払いでもらうのですが、この10年間保険会社は支払っていない分について何らかの運用をしているはずです(商品によって異なります)。よって、合計で50年間という長期にわたって何らかの運用 が続くことになりますね。
便宜上、全期間同じ運用率であると仮定して、この35年+5年+10年=50年間の運用利率を逆算してみたところ、この年金保険の運用利率はおよそ「年0.85%」 であるという結果になりました。念のため言いますが、50年間で29%増えたのだから[29%÷50]ではありません。計算はもう少し複雑です。積立期間、据え置き期間、年金受給期間のそれぞれについて資金の運用への回りかたが異なるので、それぞれの期間ごとに複利計算のシミュレーションをした結果です。
この0.85%という利率については、低金利が続く今の日本では「悪くはない」との評価もあるかもしれません。何しろ銀行などの定期預金金利は長期のものでも0.1%~0.4%程度というのが現状ですから、0.85%も悪くはないのかも知れません。しかし年利5%とか3%などの時代を経験している FPの私としては、1%にも満たないこの数値はどうしても「魅力的」とは感じられません。金利の勉強会などで例に出されることの多い「運用結果が2倍になるための利率と運用期間」に当てはめてみれば、0.85%の運用で2倍になるのに必要な期間は約84年です。
低い金利固定での長期間の運用は避けるのがライフプランにおいての常識でもありますから、もしもこうした商品を採用する場合には「将来の金利上昇に対応するかどうか」を確認する必要があるでしょう。金利上昇などがあった場合に契約者に上乗せする「配当」が付いているものもあります。
年金商品以外の選択肢もある
前記したように「○○年金保険」ではなく「年金受け取りもできる」貯蓄性のある保険もありますので一例あげておきます。
25歳で加入して60歳まで 保険料を支払う終身保険で、65歳から解約返戻金の全額を10年間で年金受取するとして計算したところ、単純な返戻率は130%となりました。返戻率は上記の個人年金保険を若干上回り、加入後解約するまで高度障害保障と死亡保障が継続します。年金開始時期は確定しておらず、運用状況によっては様子を見て残しておくとか、部分的に年金に変えるなど柔軟性もあります。ただし、積立期間中に解約せざるを得なくなった際に戻ってくる金額は、ほとんどの場合に払い込み合計金額を下回ります。やはりメリットもデメリットもあるわけです。
金融商品の良し悪しの判断は個人の価値観によって異なりますので、低利率だからよろしくないとは言いません。ここで言いたいのは、返戻率、戻り率などの単純な数値だけで、あるいは増えるというイメージや年金というネーミングだけで判断するのはよろしくありません、ということです。
上記の事例は25歳で積立スタートでのシミュレーションですが、同じ商品での40歳スタートであれば受取率は117%とグッとさがります。つまり老後への準備開始が遅くなればなるほど増え方は鈍くなり、積立てする毎月の資金が高額になるのです。「老後積立は早めに始めましょう」というのには一理あるわけです。しかしながら、低金利の現在ではスタートが遅いほど高利率な商品に出会う可能性が出てくるかも知れません。この辺りを考え始めると堂々巡りで決められなくなりそうですが、やはり一面的な見方を避けるということは大事なのです。
自分年金を考えるための基本スタンスは?
また、年金商品(あるいは年金代替商品)の検討に当たっては、次のような点についてもぜひ確認をしていただきたいと思います。
- 特定の商品に「老後資金のすべてを託す」のは色々な面でリスクが大きいとも言えます。収益性、流動性、安全性を把握し、家計支出全体のバランスを考えて、複数の商品組み合わせも含めて検討しましょう。
- 30年、40年などの長期的にお金の運用を託すのですから、金融機関自体の安全性も判断基準のひとつになるでしょう。過去に、破たんなどによって契約時の年金額が半減した実例があります。
- 年金商品には所得税上のメリット(所得税の軽減)がありますが、そのことだけで年金に飛びつくのは本末転倒です。年金商品自体の特性、ライフプランとの整合性を優先して検討しましょう。
- 現在が歴史的な低金利時代だとすれば、将来の金利上昇、インフレへの対応を考慮して変動型の商品を検討することも選択肢となるでしょう。その場合には運用リスクの情報整理、投資など基本の勉強は必須条件です。
- 積立期間途中に解約すると積立金が減額されてしまう「解約控除」が適用される年金商品があります。急な資金需要があった場合のデメリットを事前に確認しておきましょう。
若いほど老後は遠いので早いスタートが有利ですが、同時に長期間であるがゆえに先が見えない(不確定要素が多い)というリスクもある。なかなか簡単ではないですが、誰にもやってくるけれど、なかなかイメージしにくい老後への備え、早いうちから検討しておく価値はあると思うのです。
この意味でも年金問題は永遠の課題ですね。
参考
- 塩崎厚労相「一体感のない対応を反省」 年金情報流出
//www.asahi.com/articles/ASH8T36H2H8TUTFL001.html