親の認知症事故に備えられる? 個人賠償責任保険の実力

認知症の親の事故が社会問題となって以来、監督義務者となる家族の責任が「リスク」として認識されるようになりました。こうしたケースでも備えられるよう、個人賠償責任保険の改定が相次いでいます。はたして本当に備えることができるのでしょうか。

目次

認知症事故判決から1年

以前、コラムにも書かせていただきましたが、2016年3月、認知症患者が起こした鉄道事故の損害賠償に関する最高裁判決が出て、大きなニュースとなりました。

【関連】認知症患者が起こした鉄道事故の責任はどこに? 民間保険では救えないのか?

概要を整理すると、2007年12月、家族が目を離したすきに要介護度4の認知症患者の男性(当時91歳)が電車にはねられて亡くなり、JR東海は妻(当時85歳、要介護度1)と別居の長男に事故による振替輸送費等の損害賠償約720万円を求める裁判を起こしました。一審は長男の監督責任と妻の過失責任を認め2人に約720万円の賠償を命じたものの、二審では同居して主に介護を担っていた妻に監督責任があったとして約360万円の賠償を命じました。日本中が注目する中、最高裁判決では家族に賠償責任はないとして請求を棄却しました。

ただし、認知症患者が起こした事故に対して家族に責任がないということではなく、あくまでも今回のケースにおいて、監督義務者が「不在」と判断されたにすぎません。見方を変えれば、監督責任を問える客観的状況があれば責任が問われるという「リスク」が明確になった形です。

一方で、法的な賠償責任を問われる事態になったときに備えるための「個人賠償責任保険」が注目を浴びたものの、直後は、以前のコラムに書いたように、親の認知症事故には既存商品では対象にならないケースがあることも指摘されていました。

相次ぐ商品改定!

「個人賠償責任保険(特約)」は傷害保険や自動車保険、火災保険などの特約として付けられる保険で、日常生活の中で(仕事上で生じた責任は対象外)、誤って他人にケガをさせたり、他人のモノを壊したなどで法的な賠償金を求められたときに補償されます。保険金額1億円でも保険料は年2000円程度で済む上、家族の誰かが入れば、その「記名被保険者」のほか、「配偶者」、「同居の親族」だけでなく、「別居の未婚の子」まで被保険者になる商品として知られてきました。

この個人賠償責任保険について、多くの損保会社が前述の認知症事故の判決を受けた形で商品改定を行ってきました。改定された点は主に2つ挙げられます。

まず1つ目は、個人賠償責任保険の被保険者の範囲です。MS&ADインシュアランスグループの三井住友海上火災保険やあいおいニッセイ同和損保では、2015年10月以降の契約より、事故を起こした「記名被保険者」が重度の認知症などで「責任無能力者」であった場合、監督義務者や監督義務者に準ずる人が「別居の親族」や「別居の既婚の子」であっても補償対象になるように変更されました。「記名被保険者」ではなく、「配偶者」「同居の親族」「別居の未婚の子」が「責任無能力者」で事故を起こした場合、監督義務者や監督義務者に準ずる人、親権者が「別居の親族」「別居の既婚の子」であっても補償対象になります。

東京海上ホールディングスの東京海上日動火災保険は2016年10月、損保ジャパン日本興亜も2017年1月に同様の改定がなされました。また、セゾン自動車火災保険は7月の改定の予定です。

この改定に関して注意すべき点があります。

それは、この改定が及ぶのは、改定日以降に個人賠償責任保険特約を付けた場合に限るということ。改定前の契約は、満期まで改定前の内容になります。損保ジャパン日本興亜グループの勉強会に参加した際に確認しましたが、途中で特約の付け替えはできないとのことでした。火災保険に個人賠償責任保険特約を付けて契約した場合は長くなることが多いため、改定前の契約の場合はニュースなどを見て加入している保険会社が「改定したから安心」などと思い込むのは問題です。自分の入っている契約がどうなのかをしっかり確認しておきましょう。改定後に更新を迎えて改定後の内容になっていれば問題はありません。

2点目は、一部の保険会社に限られる改定です。

認知症事故等に備えられるかどうかを考える際に、大きな盲点として挙がっていたことがあります。それは、そもそも個人賠償責任保険の支払い要件に「他人にケガをさせたり、他人のモノを壊した場合」とある点です。例えば、認知症患者が線路内に立ち入って電車を止めただけで、車両等の損害もなく、乗客にケガもなければ、遅延や振替輸送などで鉄道会社に損害が発生しても補償の対象にならない、という点です。

このため、2017年1月より、三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損保では、一部の火災保険商品に付ける個人賠償責任保険特約について、誤って線路に立ち入って列車を止めた場合の損害でも補償されるよう改定しました。

参照://www.ms-ins.com/news/fy2016/pdf/1031_1.pdf

入っている個人賠償責任保険をチェック

今も商品改定が行われている個人賠償責任保険ですが、特約によっても補償内容が異なるため、「個人賠償責任保険に入っているから安心」とは言えないようです。仮に認知症の親が事故を起こし、その監督義務者が自分である場合、個人賠償責任特約に関して次の点を確認しましょう。

  • 監督義務者である自分が確実に被保険者となる個人賠償責任保険に入っている
  • 親と別居で、親が入っている個人賠償責任保険で補償する場合は、事故を起こした被保険者が「責任無能力者」だったときに監督義務者となる別居・別生計の親族や後見人が補償対象になる商品である
  • 誤って線路内に立ち入ったことによる損害も(できれば)補償される
  • 事故によっては高額賠償となる可能性もあるため、賠償責任の額はできれば無制限に(最低でも1億円)
  • 示談交渉サービスの有無を確認しておく
  • 自分が被保険者になる個人賠償責任保険に2本以上入っている場合は1本に絞る

細かい点として注意すべきは、親と「同居している」という認識でいても、実際には完全区分の二世帯住宅になっていたり、世帯分離をして別世帯になっている場合もあります。この場合は、「生計を共にする同居の親族」ではなく別居扱いになるため、よく確認しておきましょう。

また、高齢の親が入っている個人賠償責任保険で、同居の子ども一家や孫などまでカバーしていた場合、親が免許を返納して自動車保険を辞めたときにうっかりすると個人賠償責任保険が無保険の状態になってしまうことも。その際は、火災保険などほかの商品に必ずつけるようにしましょう。

以上、「認知症の親の事故」を大前提に考えてきましたが、自転車事故をはじめ、日常生活の賠償責任に備えられる個人賠償責任保険。しっかり入っておきましょう。補償のダブりは保険料のムダですが、別居しているなら、原則は親世帯・子世帯ともに補償をカバーしておくと安心です。

参考

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この記事を書いた人

経済誌・経営誌などのライターを経て、1994年より独立系ファイナンシャル・プランナー。FPラウンジ 代表。個人相談やセミナー講師の他、書籍・雑誌の記事や記事監修などを行っている。95年、保険商品の全社比較を企画・実行して話題に。「保険と人生のほどよい距離感」をモットーに保険相談に臨んでいる。ライフワークとして大人や子どもの金銭教育にも携わっている。座右の銘は「今日も未来もハッピーに」。

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